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福岡高等裁判所 昭和25年(う)84号 判決

控訴人 被告人 木村辰已

弁護人 武井正雄

検察官 納富恒憲関与

主文

原判決を破棄する。

被告人に対する刑を免除する。

理由

弁護人の控訴趣意は末尾添付の書面記載の通りである。

控訴趣意第一点について。

被告人が原審共同被告人中光兼一と共謀の上昭和二十四年十月二十一日午後十一時半頃直方市中島町稲永茂方において長田辰熊所有の衣類九点、佐藤ツル所有の衣類六点(価格合計一万八千二百円相当)を窃取したことは、原判決引用の各証拠に徴しこれを認定することができるけれども、更に右証拠に原審において取調べた司法警察官に対する被告人及び前記中光の各供述調書の記載を綜合すれば、右窃盗行為は被告人の同居する前記稲永方においてその押入内に格納してあつた衣類を盗み出したものであつて、且つその際被告人が右衣類を稲永の所有物であると信じていたことは明らかである。そして当審において取調べた戸籍謄本二通(筆頭者は夫々稲永善右衞門及び木村熊夫)の記載によれば、稲永は被告人の母の後夫であるから被告人にとつては一親等の姻族であり、結局被告人は右衣類が同居親族の所有物であると誤信し、それが他人のものであることを知らないで窃取したことに帰着する。従つて本件は刑法第三十八条第二項により重い普通窃盗としてこれを処断すべきではなく、畢竟親族相盗の例に準じて処断するのを相当とするに拘らず、この点を看過した原判決は法令の適用を誤つたものという外なく、論旨は理由がある。

よつて爾余の控訴趣意に対する判断を為すまでもなく、刑事訴訟法第三百九十七条により原判決を破棄し、同法第四百条但書により当裁判所は更に自ら判決を為すべきところ、上来認定の事実に法律を適用すれば、被告人の本件所為は刑法第二百三十五条第六十条第二百四十四条第一項第三十八条第二項に該当するから、被告人に対しては刑を免除するものとし、主文の通り判決する。

(裁判長判事 谷本寛 判事 竹下利之右衞門 判事 佐藤秀)

弁護人武井正雄控訴趣意

原判決は法令の適用に誤りがある。

然らずとしても刑の量定か不当である。

理由

一、被告が稲永茂保管の判示物件を窃取したことは争はない。

二、被告が稲永茂のものと信じて窃取したことは、

イ、窃取の場所は稲永宅押入であること、

ロ、窃取時間は午後十一時半頃人がねしづまつてからでよくみわけがつかなかつたこと、

ハ、被告が司法警察員に対する供述調書「盗み出すときは義父の品と思ひました、勘六稔のところで調べて占領軍毛布で作つたオーバがあつたので他人の品を預つてゐたと思つたが云々」(記録三九丁)

ニ、原審相被告中光に対する司法警察員の供述調書「木村は義父の衣類を盗み出すから売つてくれ半分やるからと申して頼んだ」(記録三五丁)

で明瞭である。

三、被告が義父のものと信じて窃取したものが他人の物であつたことも争ない。義父といふのは多分母の後夫であらうが、稲永と被告とは同居の親族(一親等の姻族)であるが盗品が他人のものであるから親族相盗の規定は適用されぬことも判例がある。

四、併し茲に事実の錯誤の問題がある、被告の認識したところは親族相盗の事実であり犯した事実は普通窃盗である。この様な場合は刑法第三十八条第二項を適用して軽きに従つて処断するか、或は軽き罪と重き罪の過失犯の想像的競合として重きに従つて処断すべきであるから、本件については軽きに従ひその認識したる事実親族相盗の法条を適用すべきである(普通窃盗の過失犯はないから本件では重き罪は問題にならぬ)これは他人と思つて殺したところ親であつた場合と同理である。

原審が普通窃盗に問擬したのは法令の適用の誤りであると思う。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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